今回の聖奈物語は早くも第4弾です!
配信する毎に、心のこもったご感想たくさんありがとうございます!
さて、社会人となった私はどんな生き方をして来たのか?どんなレベルの社畜だったのか?笑
写真は同期(戦友たち)と屋台で博多ラーメン食べてるところです🍜
それではお楽しみ下さい!どうぞ!
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大学卒業後、証券会社に営業職で内定を貰い、4月になると静岡県にある自社研修施設へと行きました。
そこで全国から集まった、同期達との1ヶ月の宿泊研修が始まりました。
まず、研修がスタートしてから、徹底的に株・為替・金など専門知識を頭に詰め込みました。
その後はひたすら、営業トークの練習を繰り返し、現場に出るためのスキルを磨きました。
また、体育会系の社風だったので、気合い・根性を育み、叩き直すべく
朝からは庭で社歌を大声で歌い、
夕方は海岸沿いを3km全速力で走り、
海に向かって鬼十訓というものを叫び精神的な強さを鍛えました。
ちなみに鬼十訓はこちら。↓↓↓
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1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けて行くことで、受け身でやるものでない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは・・・
6. 周囲を引きずり回せ、引きずると引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
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なかなか強烈ですよねw
これを骨の髄まで叩きこんでました!
体育会系!
同期全員で同じように、猛勉強して、叫んで走る、娯楽もない、雑念を抱く暇もなかったツラい1ヶ月を過ごしました。
そして無事(?)強めな精神性を植え付けられ屈強な猛者へと育まれた訳ですがw
研修施設に箱詰めにされて、洗脳された状態ともいいますね🫢
1ヶ月後、研修が終わると、福岡支店へと配属され、現場での仕事がスタートしました。
現場へ出てまず思ったことは、ツラいと思っていた研修の方がまだマシだったなということ。
支店内には30人程が働いていましたが、男性の怒号が至る所で聞こえてきました。
1日のノルマをクリアするために上司が部下を大声で罵倒していたのです。
『なんで手数料あげれんのやー!!』
『脳みそ入ってんのか!?アホんだら!』
上長から怒鳴られている先輩たちを見て、とんでもない所に来てしまったと思いました。みんな目は死んでいました。
そんな環境で働くことになりましたが、私たち新入社員の仕事は、飛び込み営業での新規顧客開拓でした。
博多のビジネス街を歩き回って、雑居ビルの一室ごとにコンコンとして、株買いませんか〜?と言って回る仕事です。
まぁ、みんな要りませんよね。
それ以前に、みんな仕事をしてるから、営業に来られても迷惑なだけなんです。
門前払いが当たり前。基本的に冷たい視線と態度であしらわれます。時には怒鳴られて逃げるように帰ったこともあります。
それでも、それしか出来る仕事はなかったので、来る日も来る日も飛び込み営業をし続けました。
これは余談ですが、毎日10kgはある重い営業鞄を持ちながら歩き回っていたんですよね。
すると身体のバランスが悪くなり、腰をグキっと痛めてしまって⚡️
その時初めて【健康な身体の有難み】を感じたなぁと思います。
まぁそんな状態でも会社は休めないので、這って出社して筋肉注射を打ちながら仕事していました。
話を戻します😂
門前払いがデフォルトの飛び込み営業ですが、面白いもので、500件飛び込んで1件くらいは話を聞いてくれる人が現れるんです。
そして契約していただくと、最低100万円を預かり、資産を増やすアドバイスをしていくという事が私の仕事でした。
やっとお客様ができた!というスタートラインに立ったところで、株価や為替の値動きは誰にも分からないんですよね。
『これから上がりますよ!今が買い時ですよ!』と言って買ってもらった株が、次の日に大暴落することもあります。
ある日、500万円分買ってもらい、その次の日に100万円に激減するなんて事がありました。
私は資産を1/5にしてしまった罪悪感に苛まれて、怒り心頭のお客様の対応をしていたのですが
その時に上司に言われたのが
『暴落した今がまた買い時ですよ!』と言って追加で買い足してもらえ!という指示でした。
資産が1/5になってる人に、またお金を追加入金して貰う所までが、私たちの仕事で、腕の見せ所でした。
並の精神状態ではやり切れないなぁと思いました。
理想は、資産を増やしてお客様に喜んで貰うことですが、そう上手くはいかず。
現実は、お客様の資産を減らしてでも、会社のためにどれだけお金を巻き上げられるかが大事でした。
理想と現実のギャップを感じながらも、心を殺して会社の利益を出すことが第1優先となっていきました。
人は環境の生き物だと言いますが、死んだ目をした社畜上司・先輩の中で、
私もその環境に適応すべく、どんどん金融の闇へと沈んでいきました。
また当時の1日は
6:30 出社
7:00~8:30 その日の相場調査
9:00~18:00 飛び込み営業
18:00~20:00 電話営業
20:00~ 事務作業、翌日準備
22:00 退社
15時間半は会社のために働いていました。
これを月〜土曜日繰り返して、日曜日だけ休む日々、、
疲れを癒す暇もなく、1日だけの休みはほぼ寝て過ごす。
思考停止状態で、月曜日出社するという、正真正銘の【社畜】になっていました。
そんな生活を1年半過ごしましたが、死んだ目のまま心は悲鳴を上げ続けていました。
そんな精神状態でまともに働けるはずもなく、どんどん飛び込み営業が出来なくなっていきました。
営業行ってきます!と会社を出て
1日中、公園のベンチに座って自分の髪を抜き続けてました😅
傍から見たら相当やばい人だったと思います。
今調べると、抜毛症という精神障害のようです。
日常的に緊張感や不安を感じていたから、抜くことで心の解放感や快感を得ていたのだと思います。
そんな状況でも上司からは
『働け!お金引っ張ってこい!』と追い詰められます。
その怒鳴られる声が、夜寝ている時も頭の中で反響して寝れなくなって、心療内科でPTSDの診断もされました。
精神的にどうしようも出来なくなり、逃げるように会社を辞めました。
今振り返ってもなかなかの社畜っぷりだと自分でも思います。笑
ここで体調を崩したのは、『私がするべき事ではないから辞めろ』というお知らせだったのかもしれません。
この時期は私の人生で本当に暗黒期でした。
辛い現実を見ないようにするため、プライベートでは酒に溺れ、周囲の人にもズブズブに依存していた時期です。
会社を辞めてすぐに体調も心も回復していったのが何よりの証拠でした。
辞められて本当に良かったです!
その後
転職したの?
結婚はいつしたの?
を深掘りしていきたいと思います!
【転職編・人生最大の変化の年】のお話です!乞うご期待‼️

